表紙の写真2007/02/09 15:35:15

写真館で先に公開しているものですが、今年の正月に帰省した時、帰り道で立ち寄ったつくば市の花室川沿いの道で撮ったものです。写真館では花室付近と書いていますが、実際には花室と言う場所は、もう少し北に位置するようです。

この写真を撮った場所は、大角豆と言う町であること、先ほどMapFunで調べました。写真館のコメントは近々修正します。

さて何でここに立ち寄ったのか?帰省先は故郷の土浦でして、30年ぶりの小学校の同窓会出席がメインでした。帰りになぜ寄り道をしたのか?

一月のブログで書いた、故郷の当時の実家からは1kmほど離れているので、子供の頃は1度も行く事が無かった小さな神社。存在こそ知ってはいましたが、初めて行ったのは高校3年生の年の暮れでした。

その神社、凄く印象深く覚えていたのですよ。そこへ立ち寄った・・・ところまではブログで書いていました。実はその帰りに、そのととろの森?から常磐道の桜土浦インターまでのルート上に、もう一つの母校である中学校があるのです。

朝飯を食べていなかったので、小生も奥さんも腹ペコ。どこかで軽く食事を・・・と走るものの、正月の朝から空いている店は、ファミレス・ファーストフードくらいです。

下高津のマックに立ち寄りました。(ローカルな地名だ)軽く腹ごしらえを済ませて、せっかくなので、母校を見て行こうと立ち寄り、すっかり変わった母校をみて、しばし思いにふけり・・・ふと高校時代の夏休みにバイトで、桜村(現在のつくば市)の上ノ室と言う場所にあった、大桜xxxと言う金属部品加工会社へ通った頃を思い出したのです。

そのマックがある通りを、月~土の6日間、朝は自宅を7時半に出発、8時45分に現地到着。帰りは17時30分にバイト先を出発して、帰宅は19時ちょっと前。夏なので、帰りは汗びっしょりでした。チャリンコで1時間強の道を毎日走っては、バイトに精を出す少年Dyna。若かったなー・・・今やったら2日と持たない・・・

そんな思い深い道をふと思い出したのですな。途中には昼間でも薄暗い林があったり、何のセキュリティもないオープンな場所でつくられているトマト、西日に焼かれながら帰る毎日。うーん、何であんな事2年もしたんだろうか?小遣い稼ぎ?

そうですなー、あの頃のDyna家(実家)はかなりの貧乏でした。小遣いなんて貰えません!毎日食べて、小生と妹は学校へ行くのがやっとです。それでも高校生ともなれば、ちょっとはオシャレもしたい、友人との付き合いもある(友人には貧乏である事は知られないようにしていた)。

そこで、自分で何とかしよう、と考えたのですな。夏休みはバイトで潰れるけれども、7月と8月で約9万円の収入を得られるのです。それを12等分すれば、1ヶ月あたり7500円のお小遣いとなります。

その当時の高校生のお小遣いで、7500円は相当に高い金額です。それに、日曜日は休みですから、友達と遊べるのです。それだけで十分だと思ったのですな。なんとまあ欲のない少年だこと!

実際は、使う事が出来たお金は、1年目の7月分と8月分だけで、その後の2年目は7月・8月とも90%は生活費に回されました。10%だけは使いました。

すっかり忘れていましたが、このバイトは1年目は目論見通りとなりましたが、2年目は小遣い稼ぎにはならなかったのです。

1年目のバイト代でモーリスのフォークギターを買ったのです。そのギターは今でも持っています。捨てれないですね。あと買った物は、エドウィンのジーンズかな。あと、レコードプレイヤーのMMカートリッジ。ビートルズのLPレコード。映画も観にいったかな。

実は、生活費に回したのは自分の意思からでした。それほど逼迫していたのです。3年目は?実はこの年も同じバイトをさせてもらうべく交渉に出向いたのですが、断れました。理由は仕事が無いとの事。

1年目は、クラスの友人の親父さんからの紹介でしたが、2年目は自分で交渉しています。なんともアクティブでバイタリティあふれる高校生だったのですな。2年目は1年目の無遅刻無欠勤の実績から、日給を500円アップしてもらえました。

そんな事もあり、3年目は更なる日給アップを目論んでいただけに、門前払いはショックを隠せませんでした。そこで、別のバイトを探す・・・気持ちにはなれなかったのです。さすがにそこは高校生、人脈には相当な限りがります。情報収集も、新聞の折込広告程度。

家庭の事情も良くはなっていませんので、仮にバイトをしても、使えるお金は限られてしまいます。それに高校最後の夏休み、当時の親友と過ごす時間がもっと欲しいと考えると、無理をしてまでバイトをする気にはなれなかったのです。

そんな事をふと思い出すきっかけとなった帰省。かつて15・16歳の少年が、チャリンコをこいで、毎日せっせと通ったバイト先への道を訪れてみたくなったのでした。

苦しい生活ながらも、バイトしていた当時、夏休みなに御袋が弁当を作ってくれましたっけ。おかずはちょっと寂しいけれど、嬉しかった。

思い出の道を、今は奥さんとチャリンコではなく、自動車で訪れる。何とも不思議な感覚でした。

因みに、2年間お世話になったバイト先の大桜xxxさん。もうそこにはありませんでした。場所を変えたのか、社名が変わったのか、それとも倒産したのかはわかりません。

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